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sailor 貴帆 北田浩  Never Stop The Challenge

2020-10-13

航海日誌2020/10/10 Dragonの嫁入り支度

ご縁があってBordeaux RougeのDragonを無償譲渡頂く事になったのだが、最終的に泊地は函館とする事にした。
動力の無いDragonには桟橋があった方が出入港が楽という事でOC35、DF36、X37、X41、Pogo2と8年程使ったのち自身の活動がフランスに移った事もあり、海面から引き揚げ自社駐車場の一角に保管?放置?していたものを整備して函館に運ぶ事にした。

保管?放置?していた桟橋を整備

保管?放置?していた桟橋を整備

構造体の鋼材の錆には長年車庫に眠っていた亜鉛スプレーを数本使いきった。グレーチングの上には自宅中庭の冬囲いに使っていた板材と駐車場のど真ん中に鎮座していた古木を切り倒した際に製材して車庫に眠っていた余り物の材料を使った。新たに購入したのは防腐塗料と木ネジと浮力体への船底塗料のみと費用を最小限に抑えて桟橋を復活させた。

船台は過去に作った船台の残骸を駐車場隅から発掘し知人の鍛冶屋に持ち込み一部部材を買い足し13万円で形にする事ができた。これを新品で買うとなったら大きな出費になってしまった筈だ。
あとはトラックに積み込み大間〜函館行きのフェリーで津軽海峡を渡り指定の場所に設置するだけだ。

リノベーションした船台

リノベーションした船台

函館に上陸したトラックは下架地の西浜岸壁に向かった。予定通り9時に作業開始、風波の影響が少ない場所から手際よく海面に下ろし浮力体の安定性を確認した。大湊で最後に使っていた頃は積雪を嫌いグレーチングのままであったのだが、函館ではロケーションへの溶け込みを考慮し板張りとすることにしたので少し心配であったが、問題は無さそうで追加用に6個持ち込んだ浮力体は青森宅に持ち帰ることになった。

海面に下ろした2台の桟橋を連結し、クラブ所有のお助け丸(レスキュー艇)を西島さんが操船し、桟橋には増田さんと水野さんが乗り込み??所定の場所まで曳航した。その光景はなんとも面白く心温まる思いで眺めていた。作業には飯田さんも助っ人参加してくれた。Dragonの出入港の為に調整して頂いた一丁目一番地に着いた桟橋を皆で固定し最後はフェンダーを吊り下げ、ほぼ予定通りの時間で作業を終え、増田さんのギナンボでオリエンタルキッチンから買ってきたロコモコ風プレートでランチを済ませた。

ランチの受取までの20分程度の待ち時間でBordeaux Rouge Dragonのベースキャンプとなる水野家に2人乗りゴムボートと若干の資機材を運び、お宅まで拝見させて頂いた。一階と言えるような高床式ガレージは広大でベースキャンプとしては贅沢な空間であった。奥には間借りし住んでも良いような部屋があった。ここが我々のチームオフィスだなと勝手に妄想した。
その上の居住区二階からは眼前に海の景色が広がっていた。いいな〜

今年の春まで6年間お世話になって引き続き会員資格を頂いている南北海道外洋帆走協会SHORCの有志の力を借り設置作業を半日弱で完了させる事ができた。このクラブのボランティア精神、クラブ員の連係プレイは実に素晴らしく、簡単に真似の出来るものではない。この場をお借りして感謝申し上げます。
あとはBordeaux Rouge Dragonの嫁入りを待つだけだ。

金森レンガ倉庫群を見渡す一丁目一番地の泊地に設置した桟橋

金森レンガ倉庫群を見渡す一丁目一番地の泊地に設置した桟橋

泊地桟橋にて解散とし函館空港発15時のフライトで羽田に向かった。
東京宅に帰りTouch&Goで、8037日連れ添ってくれた嫁(貴帆の貴)と6902日歳の娘(貴帆の帆)と連れだって久々の外食にでかけた。住まいから徒歩三分の和食処で我々3人以外は板さんと1人のスタッフのみで密の空間を気にせず時を過ごすことができた。
そう今日は結婚記念日なのだ。
ヨーロッパでの活動を初めて5年間、この日に家に居ることは無かったかも?
よくも鉄砲玉の私にお付き合い頂けたものだ。
熱烈感謝

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コメント1件

  • 曽根典夫 より:

    初めてメールいたします。
    缶バッチの「貴帆」の意味が分かり、ご家族を大切にするお心遣いが伝わりました。

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