小笠原レース「船上のリアル」Vol.3
第五話「宇田川と吉富」
さてレースに戻ろう。
宇田川のヘルムは舵取り名人とでも言おうか本当に上手い。艇に何のストレスも無く安定して艇速も伸びて貴帆が喜んでいるのが手に取るようにわかる。宇田川はヘルム以外の仕事では経験が浅くスタミナも心配だった。
吉富は飛び抜けたところは見当たらないが
バランスが良いように見える。しぶとさもあるようだ。
2人に共通しているのはパワーが足りない。
全く。
強みや持ち味がほぼ違う事が面白い。
2人合わせてヤンマーだ〜(これも古い親父ギャグか?)
しばらくは作戦通り単調に進み淡々と距離を伸ばした。
風が横に回り出した。
気象予報ではあと15度くらい後ろのはずだったが、小笠原に一直線で進む貴帆にはTWA 90-100がづっと続き爆走モードに入れない。
A5とフルメインが辛くなってきたのでソレントアンファール、A5ファーリングするもお嬢さんらの力では中々巻き切れず、ここで私はウインチマンとして手を貸した。
というか2人に最後まで任せては巻ききれずセールを壊していたことだろう。
彼女らは巻物でも20ノットを超えるとパワーが足りないんだな・・・
強風時での練習が殆ど出来なくここにきて状況が少し見えてきた。
ソレントで走れるところまで距離を伸ばしてメインを2Pまでリーフしていきストーリー通りに進む
ここまでのリーフでは音頭のみでほぼ手は出さなかったかな?
お嬢さんらがいつ音を上げるかじっとずっと見守っていた。
船が安定している間私は船内でウエザールーティングを何度もしながら、ウォーターバラストのコントロール、船内荷物を漁労の如く引きずりまわしながら出来るだけSaveEnergyでデッキの様子をじっと伺う。
前半は吉富が緊張からか精彩を欠いていた。
嘔吐用の袋をポケットに忍ばせていたようだが中盤から元気になってきたようだ。
後半は宇田川が撃沈した。
あれれ、真乃ちゃん眠くなったのかな〜
船内に入りうづくまってしまった宇田川に「呼吸は苦しくないか?」
「大丈夫だけど腰が痛い・痛い」いやいや吐いてんじゃん?
どんどん風が上がって来た。
以降はリーフ・セールチェンジ・タックがあれば2人に任せるのは無理だろうと思っていた。
相変わらず宇田川のヘルムは上手かったが時折り居眠りしているんじゃないかという挙動があり心配になった。
ボチボチ吉富にヘルムが変わった頃から私もピットに上がり愛ちゃんの側にずっとじっと何時でもヘルプの状態に備えた。
宇田川は船内で起き上がれなくなっていた。
ピットには吉富と私の2人だけになっていた。
宇田川と入れ替わりに吉富が元気になってくれ安堵安堵、ここから私のSoloレースに変更となると外洋女子を育成する企画がおじゃんになってしまう。
第六話「フィニッシュ」
ヘッドセールは既にソレントからステイセルにかえていた。ソレントはLa Route du Rhum2018でリーチを大破して修理したもので長くは使えないと思っていた。またステイセルもThe Transat2016からの物で同じようにリーチ大破歴のある手負いのセールだから本当はストームジブに交換したかった。セールチェンジロスとめんどくさかったので、行けー
あれっ? MAX35ノットの予報では?
いつものことだが想定外の45ノット
波高5メートルもチラリ
あ〜
ワンセイルの大澤くんと新しいステイセルを作る相談してたんだけど作っとけばよかったな〜
手遅れである。
まあ仕方がないな、行くだけっしょ〜
吉富の恐怖心を和らげてやろうとRDRでの嵐の夜の話しをしてやった。
今夜もデビルマンが現れなかったねと(笑い)
デッカい横波をすり抜けた
おおおー
未だかつて無いほどのヒールだった。
ひっくり返らないね〜
青波がドバッとキャノピー越しに流れる。
滝壺の内側にいるような状態だ。
船は大丈夫だからと笑って安心させた。
きっとパフォーマンスクルーザーならコテッとノックダウンしてもおかしく無い。
真っ暗闇の中、走るよ・走るよ〜
まるでビックサンダーマウンテンが永遠に続くように。
TWA 90-100の風軸がずっと続いた
艇速は17knotは出ていた
風があと15度後ろなら20ノットは越えただろう
勝敗はここからの愛ちゃんのド根性で決まったようなもの、進路は小笠原まっしぐらスプリントだ。
しかし平均パフォーマンスは75%チョイかな。
class40レースなら限りなくビリだな。
レース前に二人に科したこと
オーパイは基本使用禁止
ファーストフォームしなければフィニッシュライン前でUターンして戻るぞ!
最後のアプローチ
フィニッシュライン方向から風が来る
近寄らないフィニッシュライン
吉富と二人でタックタックタック
遂にフィニッシュラインを切った!
この時宇田川は外洋の洗礼を受けたのか船内でマグロだった。
さあ夜間の入港と着岸だ
3月に小笠原に視察に来た際に泊地の下見にきていたが初めての港への夜間入港は緊張する。
吉富は心強い船乗りお嬢さんであった。颯爽とバウに立ってサーチライトで照明設備が付いて無い本船係留ブイとの衝突を回避しながら入港する。もうすぐ着岸!
ようやく宇田川がピットに顔を出しヨタヨタしながらフェンダーと舫の準備を始めた。
(第7話に続く)